資本取引の規制はどのように自由化されてきたのか

現在では多くの個人が行っているFX取引ですが、戦後の日本では、外為法(外国為替及び外国貿易管理法)によって外国との資本取引は厳しく規制されていました。

政府によって公認された、為銀(外国為替公認銀行)にその取引を集中させていたのです。

それ以外に許されていたのは、貿易のためか、あるいは送金のための一部の取引のみでした。つまり、外国為替取引を行うことができたのは、ごくかぎられた個人と企業だけだったのです。

しかし、1964年に日本がOECD(経済協力開発機構)に加盟したことにより、資本自由化が始まりました。アメリカの強い要求もあり、自由化は70~80年代を通して段階的に進んでいきました。そしてついに1980年、外為法の大規模な改正で外国との資本取引は原則自由となったのです。

自由といっても、この時点ではまだ許可や事前の届出が必要であったり、その内容もあくまで実際にモノやサービスをやり取りする実需取引だけだったりと、制限のあるものでした。それでも、これをきっかけに日本の外国為替市場は、ドルを中心に取引量が大きく増加することになったのです。

そして、4年後の1984年には日米・円ドル委員会の設立をきっかけに、東京証券取引所の会員権が外国証券会社へ開放されることとなりました。

これにより、実需取引だけではなく売買による差益を目的とした投機取引も許可されるようになったのです。

その後は銀行が直接取引きできる金額も徐々に増えていき、1992年には届出も事後報告へと切り替えられていきました。

こうして、1980年代後半から90年代初頭にかけて日本の外国為替市場は大きく成長しました。海外からの資本が増えることで、国際的な競争力も高まっていったのです。ところが、この流れはバブル経済の崩壊とともにいったん傾いてしまいます。

そこで1998年にはふたたび外為法が大きく改正され、資本取引に関する規制は完全に撤廃されました。

具体的には、届出なしでも海外の証券会社から株式や債権を購入する。その売買や利息を外国の通貨でネット上でやり取りする、といったことができるようになりました。

つまり、現在の個人投資家が行っていることが、ようやくできるようになったわけです。これによって、外国為替市場に参加する投資家は一気に増えました。

私たちが誰でも気軽にFX取引を行えるようになった背景には、こういった資本取引の自由化の流れがあったのです。